【稽古】自宅の稽古で遣う木刀

相変わらずほぼ毎日、自宅で木刀を遣い稽古をしています。三刀一如の修業法の抜刀稽古形三本と木刀稽古形三本です。いずれも同じ木刀を遣っています。全長91センチ、刃長68センチと短めの木刀です。室内ゆえに短めで重みのあるものを選んで遣っています。

ところで、この木刀は柳生連也斎厳包(やぎゅうれんやさいとしかね)が常用した打刀とほぼ同じ長さです。連也斎は間合の遣い方が絶妙ゆえに取り回し易い寸法の打刀を常用したのでしょう、たぶん。

三刀一如の修業法の部分的な改編は随時おこなっています。抜刀稽古形を五本から、前・右・左の三本に改編して以降、木刀稽古形三本の切り落し・擦り上げ・応じ返しの練度が高まりました。意外なことですが、なぜなのかよくわかりません。

やはり刀と竹刀の操作法は根本的に異なっています。ゆえに著しく竹刀に特化した業(わざ)は捨てました。双方正面を打ち合う刹那、相手の竹刀を切り落とすように拍子を工夫しています。全剣連の試合規則では早く打ち当てたほうが一本になりますが、刀を遣っていれば相討ちです。

「剣の理法」とは本来、打刀の大小を遣う理と法(業:わざ)のことです。現代剣道の竹刀遣いに特化した理法ではありません。木刀稽古形三本の切り落し・擦り上げ・応じ返しは鎬で切り落し擦り上げ応じ返します。竹刀を遣う場合も同じです。竹刀の側面を鎬に見立てて遣います。たとえば正面打ちを応じ返して右胴を打つ場合は、竹刀の刃部ではなく鎬で応じます。

三刀一如の修業法の木刀稽古形三本はすべて彼我の刀が接触する理合です。これは表の形です。裏の形は一本目は正面打ちを抜いて正面を打つ。二本目は小手打ちを抜いて正面を打つ。三本目は正面打ちを抜いて右胴を打つ。足遣いと半身遣いを駆使する抜き業です。攻めかけ打たせて打つ。表裏一如。

自宅での稽古は主に早朝に10分程度おこなっています。愉しい。ありがたい。

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【文化】ミニ同窓会

昭和42年に久米南町立誕生寺小学校を卒業しました。あれから50年。12歳だった私たちは62歳になりました。8月13日(日)の13時から15時過ぎまで同窓生5名が公民館でミニ同窓会を開きました。男性2名。女性2名。あっと言う間に時間が過ぎる。今度は正月休みに会えるといいなあ。

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【健康】感覚に感謝

誕生以来、我が身に宿る感覚がはたらいている。元気に生きていけるように懸命にはたらいている。これからもよろしくお願いします。

ふと思う 心身のこと ありがたし 春夏秋冬 常時稼働     如舟

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【未分類】剣道自由研究会の創設説明会-一部修正&追記

剣道自由研究会を9月1日に創設し、創設説明会を9月2日に開催します。
・日時:9月2日(土)17:00~19:00
・会場:清瀬市の居酒屋の個室
・会費:3,000円程度(税込) ※2時間飲み放題付コース料理・・の店を予定
・対象:創設者が封書をお送りした方々に限定 

当ブログに入会したいとご連絡いただいた皆様、申し訳ございませんがしばらくお待ちください。活動を軌道に乗せた後、当ブログであたらめてご案内いたします。その場合も少数名の募集になります。

剣術から撃剣、撃剣から剣道へと競技化が進む過程で、明治末期から大正初期に集団指導用として、「剣道の基本」が編まれ修業法が確立しました。この「剣道の基本」を金科玉条にして絶対視する傾向が近年ますます強まっています。

私は方々に出稽古に行っていますが、剣道のうまさと楽しさが両立している団体や道場や稽古会場には、自由闊達に修業のあり方を議論し試行する取り組みがあります。「剣道の基本」は完全無欠ではありません。級位も段位も練度を示す目安のひとつに過ぎません。「剣道の基本」と段級位を絶対視すると、思考停止に陥り修業に悪影響を与えかねません。

全日本剣道連盟通達「剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」。剣の理法とは「剣道の基本」に制約されるような浅薄なものではありません。「剣の理法」とは、煎じ詰めれば「間合と拍子の自由自在な遣い方」です。初心段階において、「剣道の基本」を絶対的な原理として実践すべきものであると指導すれば、「思考停止状態」に陥ります。思考力と実行力を兼備するために剣道を修業するのです。現実を柔軟な思考で乗り越えていく、生きる力を形成する手段として剣道を修業するのです。

理業兼備。理とは換言すれば生きる力を涵養する思考力。誤解してはなりません。絶対的に正しい剣道の理など存在しません。理とは現時点で拠り所となる根本原理なのです。ではこの世で真理と呼べるこのは何か。それはすべては変化しているということです。理も変化し続ける。ゆえに理といえども思考の対象となる。業とは果敢かつ適切な実行力。理も変化するという現実を前提に柔軟に実行するのです。固定的な観念で己を自縛すれば生きる力が減退します。変化する理と柔軟な業。この両輪を兼ね備えるのが「人間形成の道」であると理解しています。

老若男女を問わず「思考力のある人間」であれば、「剣道の基本や昇級昇段制度を絶対視する指導法」に生理的に嫌悪感を抱くでしょう。つまり、結果的に思考停止を是とするような団体は愛好者確保に行き詰るでしょう。

ところで、大正初期に講道館柔道の制度を参考にして剣道に導入された「段位の認定制度」と、江戸時代初期に統治システムの一環として導入された「檀家制度」は同じ構造をもっています。人口減少と家族が地域から流離する社会情勢から、檀家制度が行き詰まりを露呈する中、原点に回帰した信徒制度が静かなひろがりを見せています。剣道の「段位の認定制度」も、時代に適応して変容せざるを得ない状況になるでしょう。

時代の要請とは何でしょうか。「集団的指導法」ではなく「個別的指導法」の普及です。どこを切っても金太郎のような指導法では、修業者個々人の思考力と実行力を最大化することはできません。逆に個々人の能力を減退させてしまいます。では、具体的にはどのような構造をもつ修業法が適しているのでしょうか。私は剣道日本誌の2回の連載で基本的な構造を提示しました。自分自身の持ち味を知り、持ち味を活かす修業法を自身で編むのです。

守―二段までは礼法と所作と基本的な修業法を習得する初級段階。
破―三・四・五段は簡素な修業法を自身で編み自主的な修業を始める中級段階。
離―六段以降は理業兼備に至るためにさらに創意工夫する上級段階。

少年期に入門しても成人以降の入門であっても、この修業の道筋を明示する。

江戸時代末期、北辰一刀流玄武館では修業段階を初級・中級・上級の3段階に集約して活況を呈しました。顧客満足度の高い指南をおこなう経営手法を確立していたのです。他流他館では10段階以上の修業段階を設定していたのですから、修業年限が重層的で遅々として上達しない。修業者の満足を第一に考えない内向きな免許制度でした。剣道の段位制度も同じ轍を踏んでいます。不条理ではないかと気づく人が一定数を超えれば、一挙に衰亡段階に進行するでしょう。

近未来には重層的に級位や段位を設定する段位制度は意味をなさなくなるでしょう。当然のことながら全日本剣道連盟の存在理由も変化し、経営のあり方も変容するはずです。

昇段審査は練度の目安です。(実力本位の公正な審査が実施されていることが前提条件ではありますが。) ゆえに私は今後も七段審査を東京会場に限定して受審します。私には東京以外の審査会場に費用を使って受けに行く必要性はありません。

自由闊達に修業を楽しみましょう。剣道日本誌に2回にわたって連載させていただいたのは、自由闊達に剣道を愉しむロールモデル(実践例)を提示するためです。重心制御に利のある歩み足を遣う、刀・木刀・竹刀の三刀を遣う稽古を循環させるといった修業法を提示したのは、剣道を愉しみながら修業すると生きる力が湧き上ってきますよ、というメッセージでした。大学入学後、剣道から離れ再開したのは38歳でした。その後失業等々さまざまなことがありましたが、一度は捨てた剣道に助けられました。剣道のご縁で生きる力を涵養してきました。ありがたいことです。

剣道自由研究会、9月2日、清瀬の居酒屋でゆるゆると発進します。

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【未分類】剣道自由研究会(仮称)の規約と活動-一部修正・追記

剣道自由研究会(仮称)の規約と活動は下記のとおりです。

【規約】
第1条 本会は剣道自由研究会と称する。
第2条 本会は剣道修業者の有志の会である。
第3条 本会はいずれの組織にも属さない。
第4条 本会の活動は随時おこない参加は自由である。
第5条 本会は段位等による会員の序列を設けない。
第6条 本会は会費を徴収しない。
第7条 本会の退会は自由である。
第8条 本会の創設は平成29年9月である。

【活動】
1.学習会  学習会を随時開催し、創意工夫の場とする。
2.稽古会  稽古会を随時開催し、切磋琢磨の場とする。

権威に安住する方や剣道とはこういうものだと迷いのない方には縁のない会です。

創設者であり主催者となる私にとっては、全日本剣道連盟通達「剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」を実践する場のひとつになります。私は「三刀一如の修業法」を編み実践しつつ、上記の通達の指し示す道を歩んでいるつもりです。剣道日本誌の第1回目の連載で14回にわたって「三刀一如の修業法」を紹介しました。「刀を遣う稽古→木刀を遣う稽古→竹刀を遣う稽古→刀を遣う稽古・・」という循環によって、「剣の理法」を探求しています。

「剣の理法」の探求は遅々として進まない(汗&笑)。竹刀稽古に軸足を置かず、起点と位置付ける抜刀稽古を重視しているため、竹刀を遣う試合は六段に昇段した頃より下手になったと思います(汗&汗)。何も剣の理法がどうしたこうしたと拘らず、竹刀稽古に軸足をおいて、歩み足などは封印して、昇段審査に集中した修業をすればよいではないか、とある八段の先生にご忠告いただいたこともありました。しかし、昇段審査は剣道修業の目的ではありません。刀、木刀、竹刀の三刀をもって修業を続けます。

刀法と竹刀操作法は表面的にはまったく異質ですから、刀法と竹刀操作法の間に木刀稽古を噛ませても、水と油が交ざらないように各々の術理が反発し合って「三刀一如の修業法」はそもそも成立しないのではないか、と修業法を編む過程で苦悩しました。その苦悩の果てに身体感覚が「三刀一如」は成立すると予言したのです(笑)。予言と言うとなんだか神がかりっぽいですが、「やってみなさい、きっと想像もしなかったような自在な境地に達するよ」と身体感覚が予言したのです。このようにしか表現できません(笑)。

では、あらためて、剣道自由研究会とは何か。

自身の持ち味を活かそうとする剣士が集う場です。上意下達はありませんから、序列も設けません。私は●●ように考え○○という内容を持った修業法を編みはじめました、とある会員が提示したとしましょう。それが一般的に正しいとされている剣道の修業法と異なっていても、他の会員は否定しない。異なっていることを良しとして可能性を最大限に発揮できるように会話を重ねる・・・別の日に稽古会で試してみる・・・といった活動を想定しています。

人間は老若男女を問わず、「自分で考え行動すること」が大事です。自主自立の尊重は、剣道自由研究会の根本的な考え方です。

あえて言えば、拠り所のひとつは宮本武蔵(新免武蔵守藤原玄信)。テキストは『五輪書』を解説したNHK/Eテレの『100分de名著―宮本武蔵 五輪書』魚住孝至著・2016年5月-でしょうか。宮本武蔵は自分で考え行動する人物でした。当研究会のロールモデル(手本)にしたい先人です。

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プロフィール

打味一範

Author:打味一範
三刀記へようこそ。
勝気を離れ、負けを楽しみ、専ら打たれて修業すべし―雲弘流剣術の教えのごとく、切磋琢磨の日々。
Kendo to enjoy with a step foot.

★ブログ開設
 平成23年(2011年)5月23日

@うつみかずのり kazunori utsumi
昭和30年(1955年)岡山県久米郡久米南町生まれ。少年期に剣道入門、青年期は剣道から離れ、38歳で再開。東京都清瀬市在住。清瀬市剣道連盟理事。剣道錬士六段。号は如舟。

★三刀一如の修業法
立業(たちわざ)の抜刀稽古を起点にして、木刀による形稽古をおこない、竹刀による打ち込み稽古で錬り合う。自家製の修業法。

★剣道修業の指針
心ひろやかに、技のびやかに、体やわらかく遣うべし。習い、稽古、工夫を循環させるべし。修業は一人一様。己の持ち味を活かすべし。

★月刊『剣道日本』の連載
平成23年2月号の巻頭特集―「足攻め」の大発見―に初登場。
平成23年4月号から平成24年5月号まで「歩み足で愉しむ剣道―三刀一如の修業法」を14回連載。
平成25年4月号から平成27年3月号まで「“リバ剣万歳”剣道再入門」を24回連載。

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