【稽古】歩み足で正面を打つ稽古

触刃の間合から左足を前に擦り送り、そのまま踏みきり正面を打つ稽古をしてみましょう。身体を捩じらず刃筋正しく打突する動作感覚が修得できます。歩み足の正面打ちの稽古を10回余りおこなった後、送り足の打突動作や右足前の足構えから左足で踏みきる打突動作をおこなえば、重心を前に無理なく移動する感覚が体得できます。もちろん試合に活用できます。

剣道日本誌にかつて連載した際、ご紹介した稽古法です。最近当ブログに問い合わせいただいたので記します。

このようなシンプルな稽古法ですから、普及してよさそうですね。なぜ普及しないのでしょうか。それは右足を左足が追い抜くのは邪道だという、それこそ根拠のない、敗戦後剣道がGHQによって禁止され再開された後に一般化された狭窄な指導による刷り込みが原因です。

身体軸を左廻旋しながら打ち込む人が多いのは、戦前に一般的であった、遠い間合から歩み足を遣って正面を打ち切り返しをおこなう稽古法が忘却されたのが一因でしょう。身体軸が旋回すると刃筋が通りません。竹刀で叩くのであればは刃筋が通らなくてのよいのでしょうが、「剣の理法」の根本は刃筋を通し切ることにあります。刃筋を通さず叩くのは、それこそ邪道です。

先人たちは歩み足を遣い全身を駆使して、刃筋を通す正面打ちをおこなった直後に、切り返しを繰り返す稽古法によって、身体軸を旋回させない動作感覚を体得していたのです。

「剣の理法」を広く捉えれば「攻守一致」と理解するのが順当ですが、真剣は刃筋を通すことで必要最小限の動作で威力を発揮することを無視してはなりません。竹刀は真剣の代用なのです。真剣が真、竹刀は仮。仮の竹刀を使って剣の修業をおこなうのですから、刃筋を通す打突動作を習得することは、修業の根本です。

もうそろそろ、誤った、根拠のない、「剣の理法」を蔑ろにしする、「左足は右足を追い越してはいけません」という妄説から脱却してもよいのではありませんか。

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【未分類】本日は62回目の誕生日

本日は62回目の誕生日です。光陰矢のごとし。これからも笑門來福、わらうかどにはふくきたる、でノウノウと生きてまいります。

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【芸能】伝記映画『教皇になる日まで』

昨日、有楽町に家内と出かけ『教皇になる日まで』を観ました。。原題は『フランチェスコと呼んでーみんなの法王』というイタリア映画です。監督はダニエル・ルケッティ。現教皇フランシスコの激動の半生を、事実に基づいて描いています。

1976年から1983年のアルゼンチン軍事独裁政権下でベルゴリオ―後の教皇フランシスコ―は多くの仲間を失いきますが、苦悩しながらも様々な問題に立ち向かいました。独裁政権が解体した後、神学を学び直すために訪れたドイツで「結び目を解くマリア」の聖画と出会います。この場面は静かに描かれていますが、この作品の本旨でしょう。

独裁政権下で市民が警察や軍隊に弾圧される残虐な場面があります。先日、わが国の国会で承認された“共謀罪”が運用されたらこうなるのは目に見えています。1945年の敗戦までわが国でも同様な状態でありました。

バチカンの歴史は決して善なるものではありません。現在も様々な矛盾が垣間見えます。だからこそ、ベルゴリオを教皇に選出したのでしょう。世の中の“結び目”を解くために教皇フランシスコは、若き頃と同様に奮闘しています。

かつて祖父の弟でクリスチャンであった大叔父は、「心の中の結び目―苦しみ―を解くために信仰があるのだ」と教えてくれました。また、「こうした信仰も含め何かをただひたすらに信じるのは危険であるから、よくよく考える姿勢が必要だ」とも言っていました。クリスチャンでしたが、ブッダの生き方もよく研究していて、ブッダが質疑応答はいかなることにも必要不可欠であると説いたのは凄いことであって、上意下達が横行すれば世の中は暗黒に陥ってしまう、とも。


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【未分類】マリのオムツ生活

18歳のマリは認知症が進み、ついに失禁するようになりました。そこで数日前からオムツを着けています。猫用は販売されていないので小型犬の雌用で代用しています。別段嫌がりません。ただ、体力は徐々に落ちています。横になってぼんやりしていることが多くなりました。

猫といえども苦楽をともにしてきた家族のような存在です。マリにどれだけ心を和ませてもらったことか。うちの子どもたちはマリといっしょに成長したようなものです。

眼を細め 何を想うや 老猫よ しばし撫でし 細き手足を    如舟 

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【稽古】7月以降の修業

7月以降の剣道の修業について整理してみます。

1.稽古の課題
“攻めが誘いになり誘いが攻めになる”遣い方によって、“寸前の機、相対の機、誘発の機”を活かす感覚を磨く。

2.稽古の場所とお相手
①清瀬市内及び近隣の稽古場の上手(うわて)の方々。
②同上の下手(したて)の方々。
③少年層

3.稽古の心構え
上記2.の①②の相手の方々に対して、雲弘流剣術の教えを肝に銘じて切磋琢磨する。
・勝気を離れ、負けを楽しみ、専ら打たれて修業すべし。
③の少年層の指導稽古に注力したい。7月から土曜日の夕方は清瀬市立第八小学校の稽古会場に復帰する。

3.は大事です。根本に慈悲心がない、あるいは希薄な者は、いかに技能に優れていても外道なのです。精神の根本に慈悲心が宿っていれば、その言動は周囲の人々を知らず知らずのうちに元気にします。修業を通じて技能を高めると同時に、精神の器・・許容度・・を大きくする。修業と修行はメビウスの輪のごとし。

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プロフィール

打味一範

Author:打味一範
三刀記へようこそ。
勝気を離れ、負けを楽しみ、専ら打たれて修業すべし―雲弘流剣術の教えのごとく、切磋琢磨の日々。
Kendo to enjoy with a step foot.

★ブログ開設
 平成23年(2011年)5月23日

@うつみかずのり kazunori utsumi
昭和30年(1955年)岡山県久米郡久米南町生まれ。少年期に剣道入門、青年期は剣道から離れ、38歳で再開。東京都清瀬市在住。清瀬市剣道連盟理事。剣道錬士六段。号は如舟。

★三刀一如の修業法
立業(たちわざ)の抜刀稽古を起点にして、木刀による形稽古をおこない、竹刀による打ち込み稽古で錬り合う。自家製の修業法。

★剣道修業の指針
心ひろやかに、技のびやかに、体やわらかく遣うべし。習い、稽古、工夫を循環させるべし。修業は一人一様。己の持ち味を活かすべし。

★月刊『剣道日本』の連載
平成23年2月号の巻頭特集―「足攻め」の大発見―に初登場。
平成23年4月号から平成24年5月号まで「歩み足で愉しむ剣道―三刀一如の修業法」を14回連載。
平成25年4月号から平成27年3月号まで「“リバ剣万歳”剣道再入門」を24回連載。

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